2011年 08月 25日
USTREAM
みなさま

僕たちが所属する組合上部団体、
ユニオン東京合同のUSTREAMチャンネルができました。

http://www.ustream.tv/channel/utg-live

一番最初の放送は、先日お知らせした
EDUQ UNIONの勝利報告会です。

今後も学習会の共有や様々なことに
このチャンネルを活用していけたらと思っています。

それでは、
8月28日の初回放送をどうぞお楽しみに。


ユイ
[PR]

# by eduq_union | 2011-08-25 23:40
2011年 08月 21日
編集部より 勝利報告会のお知らせ
e0182130_20512425.jpg

この争議を見守ってくださっていたみなさまへ

たいへんご無沙汰しております。

会社との交渉がデリケートな段階に入ったため、
しばらくブログやサイトの更新を止めていましたが、
この度お知らせがあり更新しました。

あれからどうなったのか
今ここで多くは語りませんが、
8月28日(日)に
EDUQ UNIONの勝利報告会を
開催することになりました。

僕たちがずっと面倒見ていただいていた西村弁護士や
裁判でお世話になった中央大学の近藤教授などをお招きし、
様々な角度から振り返ってみようとする会です。

会の様子はUSTREAMを通じて生放送します。
生でご覧になれない方のために
後日YouTubeにもUPしますので、
ぜひご覧いただければと思います。

僕たちのこの一連の出来事と結末が、
今労働争議でがんばっている人たちに役立つ
ひとつの事例になれば幸いです。

ずっとそう思いながらやってきました。
個人的な感情だけに駆られての行動ではなく、
図らずも身に降りかかってきたこのことを通して
一体何か見えてくるのか。
そこで得た答えを、自分たちのものだけではなく、
多くの人たちと共有したい。
それが僕たちのやり方だったと思います。

詳細はこちらのPDFをご覧ください。


ユイ
[PR]

# by eduq_union | 2011-08-21 02:31 | ユイ
2011年 01月 24日
真冬のジョーセン
e0182130_23175180.jpg

今日はジョーセンだった。

明け方にはみぞれが降ったくらいに冷え込んだこの日、
教育と探求社の取引先である良品計画、スカパー!、コカ・コーラへ
争議解決の協力要請のために情宣活動をした。

年末、裁判と平行して行ってきた社長との直接交渉は、
社長からの一方的な宣告によって交渉決裂という、
とても残念な結果に終わった。
僕らにとって当事者同士で解決を図る、本当に最後の手段だと思い、
粘り強く続けてきた分、失望も大きかった。

何より大きな失望をもたらしたのは、社長が提示した
組合のサイトの完全閉鎖と、一人15万円の和解金という
“解決のための条件”だった。

組合のサイトを下げろ、というのは
そもそもそれ自体が不当労働行為であり、
もっと重大なこととして明確な言論弾圧であり、
当たり前だが憲法に違反することだ。

そして世間の常識に照らしても到底見合わない金額。
会社が労基署からもさんざん注意を受けてきた
3000万円以上の未払い残業代から見ても、
その額の異常さがわかる。

交渉が決裂に終わった後、再度様々な解決法を模索する中で
今回の、クエストエデュケーションプログラム協賛企業への
協力要請行動をすることになった。

交渉中は、本来必要のないことではあるが、
組合活動を極力緩めるようにしていた。
けれども、社長はそれに応えることなくあっさり態度を翻した。
その反省も込めて、今後はもう決して手を緩めるべきではなく、
徹底的に強めていこうという方針が立ったのだ。

こじれにこじれたこの争議は、いつも社長が土壇場で
前提を翻し、異常な条件を振りかざしてごり押しすることで、
ここまでのことになってしまった。

彼の語る「自説」は、例えようもなく常軌を逸している。
そこまで理屈をねじってしまっては、本当に誰もが混乱し、
本当のことなど見えなくなってしまう。

だから、
今日のスピーチではこの労働争議の全容を
正確に伝えるためにみんな力を注いだ。
社長はSLAPP(恫喝訴訟)やサイトの閉鎖など
僕らが発する情報を威圧し黙らせようと躍起になっているが、
本当に解決のために必要なものは正確な情報だ。


e0182130_23214359.jpg

朝8時30分。
最初は池袋にある良品計画。
朝の通勤時間に本社前での実施。

集合場所へ行くと、組合の先輩からおにぎりの差し入れ。
エネルギーを補給してまず最初の情宣に臨む。
人通りはそんなに多くはなかったが、
用意したビラはほとんどなくなってしまった。



続くスカパー!での情宣のため、溜池山王へ移動した。
本社のあるホテルオークラ前はとても静かな場所だった。
僕らのスピーチが静かに響きわたる。
ここでも、人通りは少ないにも関わらず
多くのビラを手に取ってもらえた。

e0182130_2056123.jpg

ビラを目にして、「え!」と声を出して驚いていた人がいた。
様子を知ろうと外へ出てきた社員の女性にビラを手渡した。



最後に渋谷コカ・コーラ前での情宣。
交差点に面した会社前でスピーチを行う。
社員の方が出てきて、丁寧にビラを受け取ってくれた。
僕らも、どうぞよろしくお願いしますと挨拶をした。
最後にガードマンにビラを託して終了。

e0182130_20571553.jpg

スカパー!とコカ・コーラは
僕らが不当解雇に遭った後、クエストへの協賛が決まった企業。
初めての情宣で、僕らは今伝えるべき大事なことを
届けることができたと思う。

e0182130_20565682.jpg

3つの情宣が終わる頃には雲の合間から
青空が見えるようになっていた。


ユイ
[PR]

# by eduq_union | 2011-01-24 22:18 | ユイ
2011年 01月 06日
本当があるなら
e0182130_14364482.jpg

本当があるのなら
それで生きてくれ。 

経営者は恰好よくしてくれ、
かっこつけるのではなく、正直に。
真っすぐ、率直に。

経営者の嘘が、
どれほど社員にダメージを与えるのか、
ということだ。

みっともないところを見せて
甘えてくるなよ、
首を切った社員に。



2010年10月30日、
私達は社長に会いに行った。
それが最後にやり残していたことだと思ったから。

社長は自分自身で、
「俺に聞きに来い」と啖呵を切っていた。
8月にもそう言ったと聞いた。

みんなで相談して、それではと会いに行った。

すると社長は、逃げようとした。
みんなで来るなんてと言って拗ねてむくれた。

どっちなんだ??

言っていることやっていることが
あまりにも違う。

話し合いが進む中で社長は言った。
「経営者としてこんなこと言ったらだめだと思うけど…」

自分でだめだと思うことして、
自分でだめだと思うことを口走り、
自分でだめだと思うことを垂れ流して、
人を、自分自身を蔑ろにする姿だった。

人を
侮ることは弱い。

自分を
侮ることはもっと弱い。

弱さは、
真っすぐに悪さにつながっていく。

悪さを無数に生み出す
人としての弱さ。

そんな弱い有り様を
目の当たりにし続けた2年間だった。


経営者は恰好よくしてくれ。
言いたいことは本当にそれだけだ。


ホーン
[PR]

# by eduq_union | 2011-01-06 20:03 | ホーン
2011年 01月 05日
視点
e0182130_731404.jpg


2つのサイバンが交互に繰り返され、
何とも埒の開かないやり取りが続いてた。

会社側の準備書面も、
シャチョーが自分の名で出してくる陳述書も、
実に奇奇怪怪だった。
こんなことを仮にも本気で思っているのなら、
裁判は何年も続くのだろうと思えた。

そんなときに、
突然シャチョーに会いに行ってみる、
という苦肉の策が出た。

もう二度と直接話したくない、
というのもやはり本音だったけれど、
こんなものを書きつけてくるこの人物に、
まだ少しは人らしい何かが残っていないのかと、
それでも思った。

先に会った一人は、苦戦を続けていた。
帰ってくるとしばらく何も手につかないほど、
何か得体の知れない汚濁にまみれていて
心配になった。

一人に任せていていいのか、という話になり、
私ともう一人が加わることにした。

自分自身、あの日、
会うことで、
直接伝えることで、
何かが変わるかもしれない。
そう思った。

だから、会いに行った。

シャチョーも、
やはり、何かが変わることを願って来るのだろうか。

きっとそうなのだろう。
そうでなければ、会う意味などない。

伝えたかったことは、
今、起こっていることには、
その原因があるでしょう?ということ。

見なければ、ある意味ラクだったのかもしれないけど、
ここまでに広がってしまった波紋をどう収拾するのか、
目を逸らさずに、
別のことに紛らわさずに、
それをきちんと見ましょう。

あなたという個人をただ否定したいわけではないし、
ただ問い正したいのでもない。
起こっていることの原因を見て、
ああ、そういうことになっていたんだと、
同じように理解することにしか先はないでしょう?
ということだった。

途中、少しづつ空気が解れたりもしていた。
かつて一緒に手にしただろう「共感」の断片を
思い出したのかもしれない。
でも、それは結局、
独りよがりの粋から出ないものだった。

根本を見て解決する覚悟を決めないまま、
「みんなどうしてるの?仕事は?」
なんて聞くことの“ズレ”を感じないらしい。
そして、その舌の根も乾かぬうちに、
自分の置かれている窮状を語ることの、
身勝手さを感じないらしい。

まだ、そんなところに居るのか。
いつになったら、同じ視点で見ながら、
“理解する”ことができるだろう?

暫しの時間、シャチョーと話をして、
残ったのはそんな感覚だった。


あれから、数ヶ月が過ぎた。
その間にもまた、いくつものズレた言動を
見ることにもなった。

その後も、
みんなで代わる代わる直接会いに行ったけれど、
最後の最後に、和解交渉は決裂した。
2009年の年末に続いて、2度目だった。

2年続けて年末にシャチョーに和解を引っ繰り返される。
どうにもしようのない最悪の事態となった。


それでも、やはり今年も伝え続けるしかないだろう。
それがどれだけ届くのかも分からないけれど。
そうしてやっと、ほんとうに解決したのだと
言えるのだろうと思うから。

巻き込んでしまったたくさんの人達にも、
そうだったのかとわかるように、
そういう解決をしなくてはならない。


セツ
[PR]

# by eduq_union | 2011-01-05 21:53 | セツ
2011年 01月 04日
無自覚
e0182130_20255111.jpg

昨年8月下旬、カイシャに行って、
シャチョーに会ってみようと思った。

その日実はある関係者に会っていて、
本当にこの問題は、多くの人の負担になっていると
痛感した。

その人とだって、忙しい合間を縫ってやっと会えたのに、
お互いにもっと前向きな話が出来るわけでもなく、
一体この争議がどんなことになっているかを確認しながら、
ため息が出るばかりだった。

なぜあのシャチョーのわけのわからない言動に、
これほどまでにみんなで振り回されなくてはならないのか。

みんなで考えても考えても、シャチョーの言動は
解明できない。
考えることがどれほど無意味なのだろうと、
うだるように暑い街を歩きながら思った。

もういきなり本人に聞けばどうか?
そんなアイディアが出た。
そうだな、と思った。それがいちばん簡単なのだろうと。
じゃあ、今日行けば、と。
一瞬驚いたが、すぐにその方がいいと思った。
こういうのは、迷わずに、思ったときに行くのがいいのだ。


カイシャが分室と主張するビルに行くと、
シャチョーがいた。
そして、二人で近くのファミリーレストランへ行った。

その日は、
シャチョーの驚くべき被害妄想、勘違い、嫉妬など
様々の決して見たくないものを見ることとなった。

シャチョーは
「いつかこうやってキミが来るのを待っていた」と言った。

いつもシャチョーは勘違いする。

これまでの団交でも
「解雇だと思ったのなら、なぜ自分のところに直接、
おかしいじゃないかシャチョー!と言ってこないんだ。
俺はみんなが話しかけてくるのをずっと待っていたんだ」
と言っていた。

何とも自分勝手な発想。
誰からもうとまれるようなことをしておいて、
俺のところに来いよ、という。

シャチョーは
自分のやったことに対してあまりに無自覚すぎる。

会社の借金の連帯保証人を要求し、
それを押しとどめた社員を見せしめに
真っ先に首にしようと計画し、
おかしな社長命令を乱発した。

突然見知らぬ男を会社に派遣して暴れさせ、
法律をちらつかせて脅して、
自分たちを会社から身一つで追い出し、
その上サイバンで訴えた。

それらの全てを忘れたというのだろうか。

普通そんな人間に会いに行くのには相当の勇気が必要だ。
だいたい団交の中でも、シャチョーは何一つまともなことを
言わず、全てを人のせいにし、嘘をつき、はぐらかしては
こちらを攻撃してきた。
誰がそんな人間に会いに行こうと思うのだろうか。

シャチョーから出てくる数々のことばは、
一見カイシャのため、キミたちのため、
クライアントのためと言いながら、
いつも自分のことばかりだ。

それでも自分が、シャチョーと会おうと思ったのは
ただもう解決のためだった。

サイバンでシャチョーが出してくる書類は、
この人と二度と話したくないと思うような悪質で、
デタラメで、非人道的で、勝つためになら何でも
でっちあげるどうしようもないものだった。

本気でそれを言っているのか、
シャチョーは本当のところどう思っているのか、
どう感じているのか。

そこを確かめたいと思った。


結局、見てはいけないものを見たような気になった。
そこに居たのは、まともな話の通じない人物だった。

けれども同時に、教育の会社を営む経営者だった。
目の前が暗くなり、何とも言えず悲しい気持ちになった。

半分の目的は果たした。
本当のところ何を考えているのかを知りたいということは。

けれどもそれは、開けてはならないパンドラの箱のように、
恐ろしい魔獣が巣食う世界だった。


解決のため。
その目的を追いかけるため、
そこからの長い道のりが始まった。

ノッド
[PR]

# by eduq_union | 2011-01-04 23:03 | ノッド
2010年 12月 31日
2010年
e0182130_3796.jpg

2010年は、最初から最後まで
人が「働く」ということ、それがテーマだった。

教育と探求社の以前に勤めていた会社は、
入社した時からすでに社会に存在していて、
途中から加わり、自らの意思で去った。

教育と探求社は設立から会社とともに在り、
全てを我が事のように思っていたが、追放された。

私が心から信じた会社が地に落ち、
悪事にまみれるのをこの目で見ることになった。

組合活動を通して、裁判を通じて、
この現実を、真実を伝えてきた。

働くって何だろう?
何度もそれを思った。

足を引きずりながら通った裁判、
そのための打ち合わせ、準備のための勉強の日々。

その過程で労働者の権利、
労働者と経営者の置かれている立場の違い、
組合活動の意義や価値などを
ひとつひとつ学ぶことができた。

本当に、何も知らなかったのだ。

私は、心から社長を信頼していたし、
感動的な場面も幾度も共にして喜び合い、
人としての絆もあると感じて働いてきたが、
会社にとっては一労働者であり、
それは経営者の都合でいとも簡単に
裏切られることになった。

人は、会社という場所で、
何を思い、何を頼りに働いていくのか。
人が「働く」ための基盤、その価値への想い、
そこを自分たちが扱っているのだということを
常に念頭に置いて活動を続けた。

社会で決められたルールの中で
経営者とそこで働く社員が双方力を合わせて
社会に貢献していくことが可能な会社は、
公器としての会社の価値をどんどん高めて
いけるのだろう。

このような道のりを歩んだ私たちが
社会に貢献できることは何だろうと、
来る年に想いを馳せてみる。

今年1年、支えていただいた全ての人に、
心から感謝を捧げます。

メニ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-31 13:32 | メニ
2010年 12月 31日
今年一年を振り返って
e0182130_2264821.jpg

2010年。
労働組合を結成して2年目の今年は、
団交や情宣だけでなく、
裁判が始まる年となった。

それは、不当解雇になった2009年を
遥かに凌ぐ怒涛の日々。

こんなにも組合活動三昧の日々になろうとは、
微塵も予想していなかった。
一体何の因果なのか、今更考えても仕方がないが、
どれも自分が体験している紛れもない事実だ。

けれども、疲弊するようなことばかりでもない。
多くの方々からの支援をいただき、
その関わりの中で人情や絆といったあたたかい
哺乳類的で有機的なものを体感する
きっかけになった。

UTGのみなさんや西村先生からの支援。
みんなで行った温泉旅行。
踊りを踊って語り明かした。
若い労働者の集いで見た希望に燃える目の青年。
年末になっての中嶌くんたちとの出会い。

人が幸せに働くということとは、
人が幸せに生きるということとは、
そのようなことを考え続けた一年だった。

これらのことが、これから自分たちが働きながら
どのように昇華されていくのかを思って、
体の芯が熱くなるように感じた。

思考や言葉が先行しがちなこの世の中で、
もっと生き物としての全体性を持って
「人間」という存在を感じることができたことは、
自分にとってかけがえのないことだったように思う。

2010年。
いつかこの年を振り返ったとき、
自分自身がそこに何を見るのだろうと思う。
一番残るものは、言葉にならない、記録にも残らない、
そういう大きなものなのだろうと思っている。

2011年もまた、一歩一歩
大切に生きていきたいと思う。
人として。

ハレ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-31 12:01 | ハレ
2010年 12月 24日
定期大会
e0182130_0465080.jpg


私たちが所属する組合の定期大会に参加した。
今年は10年の節目に当たる大会。
組合員だけでなく、志を同じくする人々がたくさん集った。

e0182130_1071894.jpg


大先輩から聞くエピソード、
熱いメッセージに込められた想い、
様々な活動の過程で積み上げられた経験知の上に、
今の組合が存在することを改めて知ることができた。
この活動は、人としての尊厳を守るための
社会活動だということを実感する。

自分たちが置かれた現実、
手探りで進んできた1年半にわたる軌跡を、
新たな目で振り返ることのできる
貴重な機会になった。

「団結がんばろー」の掛け声で閉められた大会後は、
交流会へ。
昨晩から煮込んだという美味しいおでんや煮物など、
心のこもった手づくりの料理が並べられ、
舌鼓を打ちながら年齢も背景も違う人たちと
触れ合い、語り合う豊かなひとときを過ごす。

e0182130_1074992.jpg

争議の辛い現実とは別の空間。
これもまた私たちの現実のひととき。
全ては人の間に起こっていること。

共に働いた社員を傷め続ける経営者もまた
人の子であるだろうにと、ふとよぎる思いも込めて、
がんばろーとこぶしを握った。


メニ

e0182130_1065086.jpg

[PR]

# by eduq_union | 2010-12-24 00:04 | メニ
2010年 12月 18日
行く道
e0182130_1371263.jpg

地域労組おお­さか青年部の中嶌さんに会った。

このブログでもMBSのニュース番組で
中嶌さんたちの活動が取り上げられた映像を
紹介させていただき、
その映像から伝わってくるパワーに
勇気と元気をもらった。

ご本人に直接会って、改めて刺激になった。

何と言っても本当によく勉強しているし、
組合活動が創意工夫にあふれている。
そして、その根底には強い信念があるのだった。

私たちは、不当解雇され、嫌がらせを受け、
未払い賃金をいつまで経っても払うことのない
会社に対し、組合を作って働きかけを続けてきた。

その過程で様々なことを学び、
この活動の価値や意義についても
常に考えてきたけれど、
その“視点”がフォーカスされた。

人が「働く」ということ。
法律で定められているルールの中で
会社に勤め、社会に貢献していくこと。

「働く」ということは、本当にどんなことなのか?

ただ被害者の立場として嘆いているのではない。

会社のありよう、働き手のありよう、
何でその経営者はこのようなことに手を染めて
しまったのか。
私たち働き手は、何をどうすべきで、
はっきりさせるべきなのか。

ずっと考えてきたこと。

個々人の体験を、学びに変える。
そのときそれは、社会の財産になるだろうと、
今回の話の中でも再確認した。

これまでもそうだったけれど、
これからはさらにもっとそこを意識してやっていこう。

そして、もっとたくさんの人に会っていこう。
そう思った。


メニ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-18 04:03 | メニ
2010年 12月 17日
強力助っ人登場!
e0182130_3295410.jpg

ここ最近、前職の先輩によく会う。
仕事でもお世話になっているが、
もうひとつ大きな目的がある。

この労働争議について
相談しているのだ。

彼は仕事柄、
世界の法律やメディアに精通しており、
その道の最先端をいっている。
そしてそんな知見やノウハウを駆使して、
世界的に有名な某企業の不祥事を
暴き追い詰めている。

先の先まで練られた戦略の緻密さと
大胆な行動力。
そして、世界中に広がる人脈を活用して
繰り出される彼の攻めは、絶対にこの人を
敵にまわしたくないといった恐れさえ感じさせる。

先述した某有名企業も彼からの攻撃に耐え切れず、
代理人の弁護士も打つ手がないらしいが、
それも頷ける。

そもそも彼がその某有名企業を追い詰めているのは、
友人がその不祥事の被害者になってしまったためだ。
彼の優しさと正義感、知力と行動力が、友人のために
炸裂した。
普段の仕事ぶりからも、腹の据わった、人としての
大きさが感じられるが、このような目的を持った時の
能力の高さは凄い。

そんな彼は、我々の争議の話を聞くと
ぜひ協力させてほしいと力強く言ってくれた。
早速、これまでの経緯を共有すると、
彼は目を輝かせながら作戦を事細かに教えてくれた。

彼の口から次から次に出る作戦に対して、
当事者ながら正直圧倒され、茫然としてしまった。
まるで津波のようにすべてを呑み込んでしまう
あまりの勢いの大きさに。

三国志に例えると、
天才軍師の諸葛孔明と
武闘派の張飛が一度に参戦してしまったようだ。
ただ相手は某有名企業のような戦力もないので、
彼には役不足であると思うが。

人を不幸にし、社会に害悪を垂れ流す企業には、
わが身を振り返るきっかけを与える必要がある。

特にこの経営者のように
常識の通じない、聞く耳持たぬ者には、
はっきりとわかるように鉄槌を下す。
二度とこのようなことを繰り返し、これ以上の
不幸を増産させないように。


ハレ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-17 22:24 | ハレ
2010年 12月 16日
西と東で
e0182130_3132183.jpg

2009年の冬、カイシャから不当解雇され、
何も知らなかった自分たちは組合を結成することとなり、
労働組合について学んできた。
時同じくして、関西で労働組合について学びはじめた人と
先日出会った。

その人も、突然会社から受けた仕打ちにとまどい、
成す術がないとあきらめていた時に、
労働組合というやり方で会社から身を守る方法を知った。

何も知らなくて、泣き寝入りするしかないと
あきらめている人が大勢いる。
しかし、自分と同じように知ることで道が開け、
自らの身を守ることが出来る。
そんな労働組合のことをもっと若い人たちに知ってもらいたい。
そのために労働組合のイメージを変えたいと、
日々テレビをはじめいろいろなメディアとつながり、
自らの足で立っている人だった。

そして、何よりその人はしっかり今時の若者であり、
明るく前向きに組合活動をしていた。

その姿は、本当に強く共感の持てることだった。

その日、きっと会いたい人に会えるのだろうという
予感を持って彼を訪ね、これまで自分たちが世の中に
発信してきたサイトやビラを見せながら、大いに語り合った。

その人は「かっこいい!」と言ってくれた。
さらに「とても革新的な活動をしている人たちだ。
とても刺激になった」
「こんな革新的な活動をしている人たちを
是非知っているメディアに紹介したい」と言ってくれた。

予感は的中し、ずっと届けたいと思っていた人に出会った、
そう思った。
価値を共有できる人に。

これまでシャチョーは、労働組合活動は薄汚く、
非常に悪く怪しいものであり、お前たちはそこに
身を落としている、早く社会復帰すべきだと、
一方的な労働組合のイメージを自分たちに押しつけてきた。

それを周りにも言いふらし、仕事先はもとより、
かつての友人や仲間たちにまで自分たちの組合活動を
さげすむように言い続けた。

カイシャの取締役であるY教授からも、
「お前ら、くだらないことをするんじゃない。
人生の無駄遣いだ。みっともない」とまで言われた。

しかし、自分たちはこのことは決してくだらないことでも、
みっともないことでもなく、人が生きる上で
とても大事なことだと思ってやってきた。

間違えたことを隠蔽するのではなく、目をそらすのではなく、
しっかりと見てそれを変えていく。
面倒くさいことを面倒くさいと片付けずに、
しっかりと向き合って解決していく。

そのことの何が悪いというのだろうか。

当事者だからこそ、届けられることがあるんじゃないか。
知らなかったからこそ、知ったことを伝える必要が
あるんじゃないか。

この活動がきっかけで、同じような目に会った人たちに
少しでも元気や勇気を持ってもらいたい。
そういう想いでずっと発信し続けてきた。

そのことには本当に意味があった、
やってきてよかったと感じる出会いだった。

自分たちの来た道を確認し、行く道も見えた。
もっと多くの人に届ける必要がある。
それをただやっていこうと思った。


ノッド
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-16 22:53 | ノッド
2010年 12月 12日
交渉決裂
e0182130_1245859.jpg

社長は、このサイトが気に入らないらしい。
キャッシュも何もかも、全てを跡形もなく
消せと迫る。

自ら働いた悪事については一切そのまま。

サイトは消す気があるのか、と、
今日という大事な交渉の場面で、それだけに
固執する。


不当解雇をここまでもめて長引かせる
悪質な会社にとって、当然のバックペイ請求。
時間稼ぎをした結果として、裁判にすれば
総額1億にもなる問題を引き起こした原因が、
自分の無責任な態度にあることを
未だに彼は理解できない。

放置している未払い残業代は、8名の総額が
約3,000万。
労基署の指導にものらりくらりと言い逃れる。

関係者によれば、会社の税金さえも納める気が
ないそうだ。
現在もとにかくただごまかして引き延ばしていて、
その悪質さに社員からも不平が出ているという。

全てがそうだ。

その一方でのおかしな発言の数々。

「オレは神に選ばれている」
「地獄の底まで追い詰める」

サイトをどうするかは、謝罪条項や未払い賃金
についての話が出来てからだと言ったら、
「じゃあ払うスジアイもないんで」
と開き直った。

未払い賃金を支払う筋合いのない経営者が
一体どこにいるだろうか。

労働審判のときは、裁判官に、
懲戒解雇だなんだと脅して精神的、経済的に
損害を与えられたことに対して、
「会社に別途慰謝料を求めたらいい」と言われた。

この夏以降、社長も一時は周りにも勧められて
解決を口にし、「ばかなことをした」と言って
涙ながらにメンバーに謝罪する場面もあった。

けれども、のど元過ぎればすぐにけろりで、
「まあ、結局は金なんだよ」と繰り返し、
150万なら払うと言ってのけた。
それ以上1銭でも払ったら会社が潰れる、
もうすぐまた給与未払いになりそうだし、
ということだった。

そして、私たちの未払い賃金も、
また通常の解決の際の例にのっとった
給与の3カ月分という解決金の提示額も、
払う筋合いはないということだった。

サイト、サイトと、
それだけだ。

それはとどのつまり、
自分のしてしまったことも、全部隠して
なかったことにしたいということらしい。

過去は反省して、改めればいいのだ。
どんなに隠しても、してしまったことは
決して消すことなどできない。


裁判を取り下げ、和解する最後のチャンスだったが、
その経営者は、何の英断をすることもなかった。

どこをどう工夫して丁寧に交渉しても、
結局意味のない発言しか出てこない。

この場が、和解交渉の場という
明確な理解すらもなかったようだ。

重要な分岐点で、いつも間違った方を選び続けて
きたその人物は、やはりまたしても同じことを
繰り返した。


教育と探求社は、
これから最も困難な道へ踏み込むことになる。
正面からの激突。正念場だ。


ハレ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-12 22:42 | ハレ
2010年 12月 09日
2度目の12月
e0182130_0572070.jpg

思えばちょうど1年前、
会社の代理人と称する名も知らぬ弁護士から
突然組合にFAXが届いた。

それまでは団体交渉や
双方の関係性をよく知る人が間に入ったりと、
あくまでも当時者に近い人たちの中で
話し合いを進めていた。

そして、昨年秋口からはT取締役が立ちあがって、
遂に具体的な謝罪内容が検討され始めていた。

日経時代からこの事業や私たち従業員を
よく知っていたT取締役は、忙しい時間を削って
年内解決の道を私たちと一緒に探ってくれていた。

やっと和解案も固まってきて、
決着に向けて大きく歩み出していた矢先、
社長は突然、T取締役を交渉窓口から
外してしまった。
そしてその代わりに、聞いたこともない
弁護士からの脅しのようなFAX。

その後T取締役は、
社長との見解の相違で辞任。
会社が出した「全社員、役員一丸となって邁進」
という顧客への報告はやはり言葉だけで、
財務を担当していたW取締役も辞め、
中心的な仕事を担っていた社員も今年の夏に
突然退社。

もうこの会社がどこへ行こうとしているのか、
全くわからない。

何とかしたいと、私たちは社長に直接会って
確かめることにした。

そしてこの秋、
このときのことを改めて社長から聞いた。

あんな和解案などオレは認めていない、
あれはTが勝手にやっただけだ、
ということだった。

こういうのは謝ったら終わりなんだよ、
謝れば組合ってのはどこまでもつけあがる
もんなんだから、と。

この人は、去年のあの頃も、
まともに解決する気などなかったのだ、
と知った。

彼は、いつもどこか違うところにいる。
T取締役も、いつも話がずれることに
苦慮していたようだった。

そして結局社長から何度も繰り返されるのは、
「誰々が何をしたせいだ」という話ばかりだ。

責任を取るはずの経営者はどこにもいない。


会社を追放された当日も、
社長はその場にいなかった。
社外の人間や弁護士からの圧力によって、
私たちは無理やり退職届を提出させられた。

そして今年はじめ、
社長が雇った新しい弁護士たちは、
団交で一方的に「平行線」と繰り返し、
その後すぐ、私たちは訴えられた。

改めてこの話にも及んだけれど、
お前らがビラなんかまくからだろう、
ということだった。

私たちが、
会社の違法行為を、不正を訴えて、
法律にのっとってやっていることも、
労働者の権利という話も彼には通じない。

今年ももう12月。

こんな現実が本当にあるんだと
心底ぞっとしたし、
目の前が真っ暗になった。

それでも何とか仲間と手を取り合って、
繰り返される社長の酷い言動にも、
腐らず、あきらめず、
真摯に向かい合ってきた自分たちを、
この年の瀬に褒めたたえたいと思う。

よくやった!


そして、先に進む。
何が何でも決着をつける。

去年の12月、
すがすがしい新年を心から願った。
今年も、もう一度心新たに
そこに向かって進みたいと思う。


メニ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-09 23:39 | メニ
2010年 12月 08日
社会復帰?
e0182130_19104518.jpg

“活動家”であるお前たちは、
社会復帰できない、とその社長。

どこに突っ込んでいいかわからない。

いつもそうだ。
前提があまりにもずれ過ぎていて、
対話が成立しない。

確かに、組合“活動”とは言うが、
活動家と言われても、返答に窮する。
また、よい意味にも使われる言葉を
ことさらに悪く使うのも話を難しくする。

俺が社会復帰させてやろうか、とも言う。

私たちが、いつ社会から脱落したのだろう?
「社会通念」という言葉も繰り返し使うのだが、
彼の言う「社会」が何かわからない。

声をひそめて上目づかいに、まるで怪談か何か
のようにそれらの話を繰り返す姿を見ながら、
対話の糸口を探す。
けれども、彼の話したい内容はどれも怪しい
タブロイド紙のようなゴシップ臭に満ちた内容
ばかりで、なかなか共通項を見つけられない。

この人物と、何をどう話せばよいのか。

よく聞いてみると、そういうネタ本的なものを
色々読んだり、経営法曹から話を聞いたりして、
想像を膨らませているようだ。

まず、現実を見た方がいい。
事件は現場で起きているのだから(古い・・)。

そして、最も意味がわからないのが、自分が
私たちを社会復帰させてやるという話。

デザインの仕事を発注してやろうと思ったのに、
とも言う。
自分が脅迫して精神疾患に追い込んだ社員に対して。

絶句してはいけないのだろうが、つい言葉を失う。

解決に向けて、何をどこへ持っていけばいいのか、
未だ道の途中だ。


ハレ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-08 01:39 | ハレ
2010年 12月 01日
ツイッター
e0182130_539448.jpg

「法廷なう」
と言ってみたかった。

「霞ヶ関なう」と。


目の前にそびえ立つ東京地裁。
そこに月に2度通う。

そんなことが
自分の人生に起こるとは
思ってもみなかった。

ほんとうは大声で叫びたくなるほど
驚くべきことだけど、実際にはそれは
声にならない声。
その分胸に込み上げて、のどが詰まり、
むせるような感覚が降り積もる。

だからこそ、
何かを自分の中から出してやりたいと
思った。

法廷のドアが閉まれば、
そこは別次元のように閉ざされた世界。

空気が薄く、楽に呼吸ができないような
時間が過ぎる。

だから、
そこに足を踏み入れる前に、
「第○○号法廷前」
とつぶやいてみたかった。

僕はこのことを、
たくさんの人に知ってもらいたいのか、
それともそうではないのか。

肉声ではできないことを、
そして面と向かってできないことを
ただ黙って抱えていた状態をほどき、
もしかしたらどこかで受け止めてくれる
かもしれない誰かに向けてつぶやく。

僕たちにとって、
ツイッターはそのために最適なものに見えた。

団交でも裁判でも、向かい合う歪んだ顔や
繰り返される得体の知れない理屈が踊る
その肉声がしんどかった。

陰で無責任な噂を流す野次馬のような人たちの
名前と顔を知り、思い出をもっていることが
苦痛だった。

だから、
ツイッターで「世界」というものに
つぶやきたかったのかもしれない。

王様の耳はロバの耳と。


そっとつぶやくと、
世界は一瞬にして変わった。


ユイ
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-01 13:13 | ユイ
2010年 12月 01日
鼓動
先日、大阪で組合活動をしている
地域労組おお­さか青年部さんのことを知った。




こんなすごい勢いのあるひとたちがいる。

ブログやtwitterで紹介してもいいか訊ねると
すぐに返事が返ってきた。

メールからも伝わるその熱量に、
私たちはすごく元気をもらった。



「会社が労働法を知らない」

彼らの問題提起が強く残る。
私たちにとってそれはとてもリアルなことだ。

ここまでのやり取りの中で、
教育と探求社のシャチョウがどれほど
労働法を知らないか身を持って知った。

知らないのであればと
ひとつひとつ噛み砕いて説明しても、
何がそうさせるのか
その人が「理解することができない」
という現実をずっと見続けてきた。

それどころか彼は周囲の人々に、
組合が何か裏暗いものであるかのように
触れ回っていたりして
わたしたちの現実を何か別のものにして
しまおうとするかのようだ。

けれどもわたしたちは、
知ることで本当に自由になった。
今はまだシャチョウに届くことはないが、
不正にNOと言える意識の自由を手に入れた。


知ることに蓋をしたままでは
世界は永遠に閉ざされたままだ。

知ろうと行動すること、
知らせようと働きかけることで
私たちの世界は広がる。

広がってつながって響き合い
世界は鼓動する。


全ての人が自らの声を上げて、
美しい鼓動を響かせることができるのだ。
画面の中で躍動する彼らのように。


***
ホーン
[PR]

# by eduq_union | 2010-12-01 09:07 | ホーン
2010年 11月 30日
伝えるということ
e0182130_23485544.jpg


サイバンというものは、
「裁判官にどれだけ伝えることができるかの勝負だ」
と組合の先輩から聞いた。

そのために私たちは準備を重ね、
当時起こったことを事細かく書類にして提出した。
それは自分たちの真実を精いっぱいに
裁判官に伝えたものだった。

それがどれだけ裁判官に伝わっているのか、
そこがずっと気になっていた。

今回の期日で、ついに裁判官はこう言った。
「このサイバンは至ってシンプルである」と。

団交の押し問答から、恫喝訴訟、労働審判と
もつれにもつれて来た争議が、このようにすっきりと
ひとことで語られたのは初めてのことだった。

とにかくカイシャ側の、つまりはシャチョーの言説は、
常に複雑怪奇にねじ曲がり、簡単なことを誰にも
わからないものに変えてしまっていた。

我々がどんなにそれを解きほぐしても解きほぐしても
またも複雑に曲げられてしまう。
その果てしない繰り返し。

裁判官は続けた。

カイシャはあくまでも「双方合意の円満退職であった」
ということを主張している。
組合はカイシャが主張する合意退職の前日にすでに
解雇されていたという主張。
そこの争いであるということ。

そう整理した上で裁判官は、
「会社がみなさんを解雇するつもりだったのは
明白だと思います」と言った。

カイシャがいかに解雇のための画策していたか、
その背景、いきさつなど、様々な事実を整理して
丁寧に伝えたことが、しっかりと裁判官には
伝わっているのだと思った。

自分が伝えたつもりでも、
実のところはほとんど伝わっていない
ということは普段でもよくあることだ。

この裁判という重大な場面で、
それがしっかりと伝わっていたということが
感慨深かった。

裁判官はさらに
「カイシャ側からは、社長の陳述書など出ないのか」
とカイシャの材料不足を指摘した。

カイシャ側から出される書面はいつも、
丁寧さとはかけ離れた誤字だらけの(シャチョーの
名前さえもときに間違えている)雑なもので、
そもそもの訴えの内容の中身のなさも、組合が
相談した専門家の先生があきれていたほどだ。

そして、
「シャチョーの陳述書は12月17日までに提出できるか?」
という裁判官の問いかけに、
カイシャ側弁護士はNOと言った。

今年の2月に訴えた裁判なのに、10ヵ月経った今
陳述書が書けないシャチョー。
心配して見守っている学校や企業の皆さんのためにも、
早く進める努力はできないのだろうか?

そしてやはり嘘やごまかしには、きっと時間も労力も
余計にかかるのだろうと思い至った。


思えばずっと、カイシャの奇襲に対して、
組合は粘り強く闘い抜くという様相だった。

全社員10名一斉解雇からここまで22ヶ月。
みんなで助け合いながら何とかやってきた。

仲間がいたからこそ頑張れた道のりだと思う。
そして組合の先輩方をはじめ、たくさんの方々の応援。

自分たちは、そんなに強くもなく、ことさらに正義漢
というわけでもなかったけれど、周りに支えられたから
こそ歩んで来れたのだと思う。

皆さんの応援を糧にしっかりと準備をしたこと、
そして何より真実の持つ強さ。
それを改めて感じたサイバンだった。


ノッド
[PR]

# by eduq_union | 2010-11-30 23:52 | ノッド
2010年 11月 26日
裁判なう
e0182130_18183211.jpg

裁判だった。
2つ同じ日になって、ほぼ半日がかりだった。

裁判の日にはいつもいろんなことを思うけれど、
今日初めて少し楽しくなってきたと感じた。

多分理由は大きく2つあって、
1つは、ここに来て本当に自分の目線が変わったこと。
今日ほどこの裁判を余裕を持って見れたことはない。

最近意図して広く動くようにしていることで、
これまでずっと新しい目線、考え方、感覚が育ってきた
と言っていたことが、行動でもできるようになったから
かもしれない。

もう1つは、実際に組合の善戦がはっきりとわかって
きたこと。
裁判の争点は、正しい方向に向かっているようだ。
やはり騙し取られた退職届でハイ終わりとはならないのだ。

ただ、裁判官に指示されてもカイシャ側はその日までに
陳述書を出せないと発言し、年内最後の裁判所の日程に
間に合わず、次回は年明けとなった。

もしシャチョーがちゃんと間に合うように書けるなら、
次回期日は12月24日になっていたので、それもまた
何とも複雑な感じではあるが。
裁判所でメリークリスマスというのは。


年が明ければ、会社がスラップを起こしてから、
あっという間の1年もすぐそこ。

長引くに決まっている、そんな裁判を起こせば。
それを何度言ってもシャチョーには通じなかった。

新しいものをつくるには、並大抵でない精神力や
忍耐力が必要だというツイートを、今日どこかで見た。
なるほど。
今はそのことばの意味を本当にとても大きく感じる。

EDUQ UNIONもツイッターをはじめました。

euNyawをフォローしましょう

ノッド
[PR]

# by eduq_union | 2010-11-26 22:26 | ノッド
2010年 11月 06日
仮定抗弁
e0182130_16333440.jpg

知らないことがまだまだいくらでもある。

「仮定抗弁」というのがあるそうだ。
これも裁判のひとつのプロセス。

そして、
「欺罔」ということばも初めて知った。
“キモウ”と読むそうだ。

仮定抗弁の書面に書かれていたそのことばは、
事実をそこにひとつかみで顕わにする。

一連のことを、外から客観的に見る作業が
続いている。

ついた本人が自分ですらわからなくなるほどに
盛られた嘘が、どれほど不必要な複雑さを
産んでしまったのかをそこに浮き彫りにするために。

そしてそれは今、
「解決」の2文字への唯一の手掛かりなのだ。

団交拒否に続いて会社が起こした
この裁判という道の中での。

次の裁判期日は11月26日。
2つの裁判が、同じ日になった。

1日に2つの裁判に出ることになる。


セツ
[PR]

# by eduq_union | 2010-11-06 21:03 | セツ
2010年 11月 03日
社長宅情宣
e0182130_15184528.jpg

久しぶりのお天気の文化の日、
温かい日差しを受けて、
久し振りの情宣へ向かう。

向かう先はブリタニカ・ジャパンの社長宅。
同じ組合内のブリタニカ分会の、
初の社長宅情宣に参加するために
京王線で調布の先まで出かける。

e0182130_1519541.jpg

駅の近くの公園で待ち合わせ。
続々とこの情宣に参加する人たちがやってきた。
初めて見る顔もたくさん。
同じ労働者として闘っている同志、
みなさん筋金入りの方々ばかりだと知るのは
この後になって。

一同、社長宅へ向かう。
閑静な住宅街にあるりっぱなお宅。
最初にベルを鳴らし、訪問したことを告げる。
社長は出てきたが、すぐに引っ込んでしまった。

こちらは訪問した目的を伝える。
改めて団体交渉要求書をもってきたこと、
もう逃げるのはやめてほしいこと、
しっかりと対峙し解決していきたいこと。
こうしてわざわざ社長宅に来てまで、
どうしても伝えたいことがあるのだ。

再度、社長は出てきた。
こちらはその場で団体交渉要求書を読み上げ、
社長に手渡す。
けれども社長はそれに回答することなく、
また家の中に入ってしまった。

その後、この争議のあらましについて当該者から、
続いて、他の分会からひとことずつ話した。
その他団体の方々からも、
労働者としての熱いメッセージが
奥井社長に向けて放たれた。

すると社長は、今度はカメラをもって出てきて
こちらの様子を撮影し始めた。

この感じ何か経験したことある、何だろう?
と思った。

そして、クエストカップのときに
わたしたちが情宣している様子を、
以前一緒に働いていた人が反対側に立って
撮影していた時のことを思い出した。

当時者同士で解決すれば、
無用な人々を巻き込む必要なんてなくなる。
そこをずっと伝えているのだ。

労働者たちは話したがっている。
逃げる社長。
それではいつまでも平和なんてやってこないの
ではないだろうか。

社長自身が逃げることなく、
人のせいにしたり、ごまかしたりすることなく、
自分自身でしっかり問題に向き合うしかないのに、
そこがぽっかりと抜けて、その代わりに
「撮影」という何かとてもおかしなことをする。

責任ある人が逃げていたって、
誰も幸せになどならない。
責任を取る、というのは本当はとても尊いことのはずなのに。
責任を取らずに、写真を撮る?
責任を引き受けた人の尊さは一体どこへ?

人間として一番基本のこと、
悪いことをしないこと、
悪いことをしたら、謝るということ。
うそをつかないこと。
それさえできたら、どれほどのことがもっともっと
簡単に解決するだろうかと思う。

e0182130_15193750.jpg

社長宅前で1時間の情宣の後、
解散となる。

うららかな文化の日の
ひとこま。

このひとこまが、
明るい未来へと続きますように・・・


メニ
[PR]

# by eduq_union | 2010-11-03 19:49 | メニ
2010年 10月 31日
10月の終わりの日
e0182130_22491631.jpg

2010年の10月が終わる。

秋が深まり、
落ち葉が積もってゆく季節。

またひとつの歳を閉じてゆくために。

降り積もるもの。
逝き過ぎるもの。

今このときに、
時というものが
どれほど大切なものかを感じている。


ホーン
[PR]

# by eduq_union | 2010-10-31 23:55 | ホーン
2010年 10月 28日
証人
e0182130_23495167.jpg

裁判に証人が立って、
証言するというタームに入ってきた。

そこに、
見知った顔がずらりと並んで、
一体何を語ることになるのか。

本当に、こんなふうにしかできなかったのか、
あのカイシャは、と思う。

シャチョーは、わたしたちを人とは思って
いないそうだ。

組合は癌なのだそうで、それはただ排除される
べきものだということなのだろう。

証人たちは誰もかも、
すべて生きた人間だ。

そのことを知るために、
わざわざこのようなことを起こしたのだろうか?


セツ
[PR]

# by eduq_union | 2010-10-28 22:48 | セツ
2010年 10月 24日
川風
e0182130_23513761.jpg

都会の真ん中に
こんなにたくさんの水がある。

青い空と水の間を鳥たちが
自在に横切っていく。

川から吹く風をこの身に受けて、
今あるすべてのできごとを感じる。

水に、空に、
鳥のように、
川風とともに、
要らないものはすべて流して
しまいたい。

そしてただ、
静かな自分になって、
今日も明日も歩いて行こう。

メニ
[PR]

# by eduq_union | 2010-10-24 20:25 | メニ
2010年 10月 21日
憶測ゲーム
e0182130_23404033.jpg

人ってどこまで妄想できるのか。

悪意や悪口というのは、
それほどまでに大きな魅力(魔力?)を持つのか、
などと思う。

正当な批判とは違うただの悪口。
そこから生み出されるものが何一つ見えてこない。
中毒みたいなものなのだろうか?

楽しい空想ならいいけれど、
救いようのない暗い憶測を伝播させながら、権力を
振りかざして攻撃を続けようとする。
でもどこかではいい人に見られないと気が済まない。

それはあまりにも無理だろう。

無理をムリヤリ通そうとするから道理が引っ込む。
いちいちこちらが仰天するような理屈の数々。
おー今度はそれをそこから持ってくるか。
その話はそこへ繋げてしまうのか・・・。

ゲームや漫画だったらいい。
しかしそれは現実で起こっていることだ。

憶測ゲームに興じる相手を見ながらも、自分を保つよう
努めているとあることが起こるのがわかった。

自分が誰で何が大切なのかが、
だんだんはっきりわかってくるようになるみたいだ。

大切なことがわかるというのは、
それほどありがたいことはないだろうと思う。


ノッド
[PR]

# by eduq_union | 2010-10-21 21:24 | ノッド
2010年 10月 18日
若者たち
e0182130_23173569.jpg

10月3日、首都圏の青年労働者が
地域・組合を超えて一堂に会する集会が行われた。
そこには300人強の労働者が集まった。

ちなみに青年労働者とは、
一般的に40歳くらいまでの労働者を指すらしいが、
この日集まった人たちは、今まで見た中でも
圧倒的に平均年齢が低かった。

わたしたちが組合活動をはじめて1年以上が経ったが、
振り返ってみると若い労働者に遭遇する機会は少なかった。

会う人はほとんど大先輩ばかりで、
我々がお世話になっているUTGももちろん大大先輩ばかりである。

だから、こうして一堂に集まると、
こんなにも青年労働者がいたのかと思う。

さて、今回の集会に参加した感想としては、
非常にエネルギー溢れる場所だったということだ。

まるで火力発電所のように、若さから放射される熱気が
会場中を埋め尽くしていた。
そして、そんな熱い青年たちを見守りながら
後方支援をしてくれる大先輩方の姿も印象的だった。

e0182130_2318411.jpg

我々もそうだが、若さゆえに熱やエネルギーはあるかもしれない。
だが、それらを正しい方向に導いてくれる技術や知識は、
青年には圧倒的に少ない。
そこを経験豊富な先輩方が、指導したりサポートしてくださるのは
大変ありがたいことだ。

さらに、この集会に参加して感じたことは、
労働組合という活動を広く世間に知らせることの重要性だった。
不況と叫ばれるなか、不当解雇や非正規労働といった
過酷な労働環境に、多くの青年は立たされている。

そんな環境下で我々のような不当解雇という憂き目にあっても、
それに対する防衛策を知らなければ
泣き寝入りに終わってしまうだろう。


今回のイベントで講演してくれた、
ひとりの青年労働者の話が象徴的だった。

元々ひきこもり少年だった彼は、
社会に出てもなかなか働き口を見つけられず、
就職しても突然解雇されたり、
やっと再就職しても過酷な労働環境が続くなど、
本当に大変な日々を送っていたらしい。

が、偶然知り合った上階に住む家族が
熱心な労働組合一家だったことで、
いつしか組合活動に引き込まれる日がはじまった。

そんな組合活動を通じて彼は自然と労働法などを学び、
活動にも熱心になっていったそうだ。
結果、ひきこもりだった少年が、300人の聴衆を前に
堂々と話せるほどの立派な青年労働者へと変貌したのだ。

この彼は、労働組合という題材で
自分らしさを開花させたのだ。
そんな話をライブで聞いた300人の仲間たちが、
盛り上がらないはずがない。
彼は大きな歓声の渦に巻き込まれた。

こんな彼は、過酷ななかでも
近所に組合活動をする人が偶然いたという運や縁に恵まれた。
もちろん本人の努力があってこそそれを活かせたのだが、
それによっていろいろな知識や技術を知ることができた。
もしそうでなければ、辛い過酷な労働の日々が
今もなお続いていたかもしれない。

また、この彼もやわたしもそうだったが、
多くの若者は労働組合に対してほとんど何の知識も持たず、
普通はあまりいい印象を持っていない。
わたしもはじめは組合に対して、
過激で怖くて、何か昭和の臭いのする古臭いもの
かのように思っていた。
しかし、実際、活動に身を投じてみると、
その概念は180度変わった。

労働者として自立するためにも、
労働組合活動を知ることは必要不可欠であり、
このようなことを知らずに、
今までよく働いてきたものだと思うほどだった。

ぜひとも労働組合の持つ本当の意味や意義、価値を
多くの仲間たちに広めなくてはならないと思った。


そんなことを感じた集会に参加した約10日後、
その集会を主催していた先輩たちが
青年労働者集会の感想を直接聞きたいとのことで、
わざわざ組合まで会いに来てくれた。

そこでは改めて、若い労働者がもっと知識を持つことの
重要性を感じたことを伝え、その先輩方も賛同してくれた。


大先輩方との縦のつながり、
そして、青年労働者との横のつながりを
うまく結びつけながら、
労働者が安心して働けるような社会づくりに
貢献していきたいと強く感じた貴重な経験だった。


ハレ
[PR]

# by EDUQ_UNION | 2010-10-18 20:02 | ハレ
2010年 10月 15日
編集部より
e0182130_124165.jpg


いつも応援ありがとうございます。

昨日は裁判でした。
現在も2つの裁判は続いていて、
昨日行われたのは地位存在確認の民事裁判です。

経験してみてわかったことですが、
裁判は、だいたいひと月に一度というスローペースで
延々と続いていくようです。

僕たちは、
不当に解雇された会社からさまざまな嫌がらせをされ続けた上に
裁判による攻撃を受け、現在もひと月に2度こうして定期的に
法廷に足を運ぶ日々が続いています。

どちらの裁判もお互いの書類の確認を繰り返す段階で、
裁判としてはまだ始まったばかりというところです。

これから、いよいよ双方の証人が呼ばれ、立証に入っていくそうです。
証人が立つということになると、様々な経緯が再度語られることとなり、
誰がそこに立ってどんな話をするかにもよりますが、
会社が自らのしたことをあくまでも認めず、でたらめな主張ばかりを
繰り返すのであれば、また嫌な思いを重ねることになるのでしょう。
それが、裁判所という場所でやり取りされるのがいいのかどうか。

以前は、一緒に働いていた同士がまともに話し合える場所、
話し合える手段でないことは誰の目にも明らかです。

そのため僕たちは、本来の話し合いによる解決をしたいと
団体交渉の開催を会社に要求し続けていますが、
会社は依然として団交拒否を続けています。


今もこの争議は続いていて、
まだいい知らせをみなさんにお伝えすることができません。

今後も変わらず一刻も早い解決のために
できることをやっていこうと思います。


ユイ
e0182130_1904510.jpg
[PR]

# by eduq_union | 2010-10-15 22:53 | ユイ
2010年 10月 05日
信頼という能力
e0182130_251752.jpg

それがものごとを
先へと進ませる。

信頼するということが
できたら。

相手を
そして自分を。

すべての結果に対しても。

そうして、
起こることへ
感謝をもてたら。



信頼というのは
ひとつの能力だと思う。

人にさせてもらうものでは
決してなく、
自分がそれをできるのかという。

それこそが
ものごとを先へと進ませる。



信頼という能力を欠いて、
先へ進めることができない。

能力の欠如。

それが
責任ある者であるときの
悲劇、混乱。

**

失っているのなら
得られるように
努力するしかない。
自分自身で。

ものごとを前に進めるための
必要不可欠なその能力を。

***
ホーン
[PR]

# by eduq_union | 2010-10-05 20:11 | ホーン
2010年 09月 28日
近道
e0182130_1273920.jpg


このところまた、久しぶりに会う人に変わったねと言われることが多い。
ただ目の前に起こることについて行っているような毎日の中で、
自分がどうなっているのかというのはよくわからないが、
折に触れて、そうやって人から教えてもらっているのだと思う。

あのカイシャに入っていろんなことを学んで「変わった」と言われた。
あの2009年2月の不当解雇以降たくさんのことを経験して「変わったね」と言われた。
そしてさらにそこから一年半の月日が過ぎ、「最近また変わったね」と言われるようになった。

先日も、半年ぶりに会った人に、何だか雰囲気が変わったなあと言われた。
当然のようにその間に何をしていたのかをお互いに報告し合うと、
こちらが驚くほど驚いてくれた。
そこまでできるんだ、自分たちとは全然違う。口だけじゃないんだねと。

何だかとても嬉しかった。
大きな承認を受けた気がした。

よく人からそんな無駄なことはやめて、着実に未来に行った方がいいと忠告を受けた。
その人から見るとそれは無駄なことだったのかもしれないが、
自分達にとっては決して無駄ではなかった。

これが正しいのだと信じ、ただコツコツとやってきた。
よく見て聞いて、考えて、自分を知り、他者を知り、足を使って歩いた。
損得とかそういうものではなく、自分と仲間への信頼、周りの人たちへの感謝、
より多くの人たちへの思い、それらが背中を押してくれていたのだと思う。

妄想や噂話、勝手な想像を並べただけの“虚”がありありとわかるようになった。
自分がそこにいて周囲の人たちと一歩ずつ積み上げるところにしか現れない“実”。
そんな当たり前のことを身をもって教えられた。
こんな体験をすることが出来たことは何事にも変えがたい。

自由自在になりたかった。
そのための筋肉をつけるには、ズルをして偉そうなことだけを言っていても
ダメなのだ。

やはりこれが一番の近道だったのだろうと思う。
自分が自分の足で立てる、本当の筋力をつけるためには。


ノッド
[PR]

# by eduq_union | 2010-09-28 23:23 | ノッド
2010年 09月 23日
見えるもの
e0182130_2504399.jpg

多かれ少なかれ
人は幻想を見ている。

この世は全部幻想だと言う人もいる。

でも
わたしを支えるもの、
それは自分だ。

それは向かい合う相手もそう。

生き様とは
その人自身から立ち上ってくるものなんだ、
何も言わなくても、
確かなものが伝わってくる、
その人を目の前に思った。

自分にあるものを人は相手に見るという。
自分にないものは人を通しても見ることはない。

何もなかった。
そこに自分を見ることはなかった。
よかった。

その人の幻想を共有することもなく、
きっとこの先道であっても気づかない。
人のせいにして生きる幻想が見えないから。

改めて、わたしは幸せだなぁと思った。
いつも見せてもらっているのだ。
仲間から、
そして、周りにいる人たちから、
自分の輝きと力を。

わたしも出会う相手に、
そしてまわりにいる仲間たちに
その人たちの中にある輝きや力を
見ることのできる存在でありたいなぁと
心から思う。


メニ
[PR]

# by eduq_union | 2010-09-23 21:20 | メニ